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第2話 Case.04 暇つぶしにもってこいの仕事

Author: 涼風紫音
last update Last Updated: 2025-10-16 20:56:58

 辺境オブ辺境、ザ・辺境、これぞ辺境、まさに辺境。そんな大陸の果てのようなところでとある領主の娘が毒を煽って死んでしまったらしい話は前回した。とても残念なお話。その娘が超絶美しい私に、美貌の秘訣なんて聞かなかったらそんなことにはならなかったのに(その場合は私が直接ちょいっとあの世へご招待する予定だったけど)。

 大陸中央へ戻る途中、暇を持て余した私は転写魔法で届き続ける依頼の山から手軽にさくっとできて、ささっと終わる仕事がないか探すことにした。

 世界は私を中心に回っているべきなのに、私が中央に戻るまで世界が回っているなどとんでもない。何かしらの中心に私はいるべきなのだ。なぜなら、とーっても美しい私を世界が放っておくはずがないのだから。

     ◇◆◇

 そこで見つけた楽ちんなお仕事をやることにした。なんというか、簡単すぎてこんなことに多少でもお金を出す者がいるのだと思うと興味が湧いたというのが正直なところで、報酬はかなり渋い。暇つぶしにはなりそうだけど。

 依頼が出された村に行ってみると、ザ・辺境に負けず劣らず貧乏くさい村だったのだけど、現れた私を見るや否や、女神が現れた、この世の天女とはまさにこのことと、村中総出で歓待されたのだから、気分は悪くない。

 魔法を使わずに村一つを魅了してしまう私、さすが私。世の中見た目が十割なのよ? 多少魔法が使えないからって私のことを邪険にした魔法学院のエルフたちはなにも分かってない。

 すんごい魔法が使えても、そんなものが役に立つのは戦場にいるときくらいで、渡り歩くのに必要なのは美しさ。そう、端正などという言葉ではとても足りない魅了の魔法も敵わない美貌、抜群のプロポーション、誰もがうっとりする綺麗な赤い髪。そう、美しさはすべてを解決するのだ。

     ◇◆◇

 一晩村を挙げての大宴会。

 飲めや歌え。老若男女、一人残らず私を褒め称え、その美貌を肴に大騒ぎ。こんな辺鄙な村に私のようなエルフの中でも抜群の容姿を備えた者が現れれば、当然のことではあるけど、はしゃぎすぎじゃないかと思ったりもしながらその様子を眺めていた。いい気分だけど、何か引っかからないでもない。

 そんな私の胸中などもちろん誰も気付くわけも無く、あっという間に時間だけが過ぎていく。月は上り、星は煌めき、木々は囁く。村の中央に設けられたキャンプファイヤーで次々に肉が焼かれ、おそらく祭りの時のために残しておいたであろう酒樽が運ばれてきては、あっという間に杯を満たしていく。

 もしかして神様とやらが私たちを見るのはこんな光景なのかしら? だとしたら、もう私はこの村ですっかり神なのね。私ってば、こんなに若くて神になっちゃった。てへっ。

     ◇◆◇

 一夜明けてすっかり熱気も静まった村で、一転恭しく私の前に連れてこられたのは、牛。体格が立派で、ちょっと臭い。

 依頼というのは、この牛を一日歩いた場所にある祭壇に連れていくことだった。たったそれだけ。

 もちろん報酬は安い。それでも豊かな自然に美しさをふりまきながら祭壇に向かう私は、想像するだけで絵になりそうだから、引き受けることにした。宮廷絵画師か吟遊詩人のひとりでもいれば同行させて後世に残る作品の題材になったのに。

 村を出てしばらくは、繋がれた牛をやる気なく引っ張りながら目的地へ歩いていたけれど、途中からは牛の背に乗った。服が汚れないように小さな絨毯を背にかけて、その上へ。

 座り心地は最悪だったけど歩くよりマシだし、村から離れてしまえば咎める者はいない。牛さんも私のような女神を乗せて祭壇に向かうのだから、子どもに語り継ぎなさいね? 牛にそんなことができるのかは知らないけど。

 のどかな風景を眺めながら、ゆっくり歩いていく。牛が。私はその背で山を眺め、森を見つめ、蒼空に燦然と光を放つ太陽の下、ただ目的地に着くのを待った。牛の足が遅いことをなんて言うんだっけ? 牛歩? そんな言葉もあったわね。思い出した。

     ◇◆◇

 牛が道を逸れないように注意しながらその背に乗って一日。遅いと思った歩みも目的地が近づけば気にならなくなる。丘の上の祭壇が見えてきた。

 見慣れない記号なのか文字なのかよくわからない意匠が施された祭壇。木製の即席で作られたような意匠以外は粗末極まるそれに、連れてきた牛を繋ぎ直す。連れてきたのか連れてこられたのか、そこはつっこんではいけない。

 依頼はもちろん前金で報酬をもらっているので、目的地に届けてしまえば運び屋の仕事は終わり。今回も簡単なお仕事でした。ちょっとした村総出の祝い付きで。

 そんなことを思っていた私の背後から大きな影がぬっと伸びたかと思うと、空気を切り裂く鋭い音とともに振り下ろされる巨大な斧。巨人じゃん!

 影から逃れるように咄嗟に動かなければ、今頃わたしは斧の下で頽れていたに違いない。実際、連れてきた牛は、それはもう見事に真っ二つ。

 あの村の連中がわざわざ報酬まで払って、たった歩いて一日の場所にある祭壇に牛を連れていく役目を探した理由を知った私。そりゃ大宴会で歓待するわけだ。引き受け手がいなければ村人の誰かがこの役目を果たすつもりだったのだろう。片道切符で。

 虎口を脱した私は、その日の夜まで待ち、巨人がねぐらに帰ったところを見計らって、しっかり暗殺してやった。報酬無しの暗殺は久しぶりだったが、何本射かけてもちっとも効く気配のない毒矢をどれだけ使ったことか。

 すっかり赤字だが、やられっぱなしで済ませる私ではないのだった。

◆◇ 盛夏の月、二十五日の日記 ◇◆

 もし創造神がいたとしたら、巨人のでかい頭に詰まっているはずのものに芸術というものを理解させるだけの知性を持たせなかったのはいかがなものか。手抜き仕事をされて迷惑をこうむるのは私なのだ。ちゃんと仕事はして欲しい。芸術が理解できれば私に向けて斧を振るうバカにはならない。

 辺鄙な村で歓待されたら注意すること。私の美しさに惚れこんでしまうのは仕方ないけれど、メロメロになったからと言ってそれを生贄の一つに付け加えようと考える人間もいるかもしれない。美しい娘を生贄に捧げる昔話はいくらでもあるし、今のところ私は昔話になるつもりはない。あー、毒矢使い過ぎた!

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